ナラントール・ザハ、ウランバートル大学訪問
ナラントール・ザハ、ウランバートル大学訪問
モンゴル2日め。
ウランバートルの西方にあるゴールデン・ゴビから
大通りをひがしに、いくつもの大使館をすぎて
東方に位置する、エスペラント大会会場の
チンギスカン・ホテルにいってみる。
途中「花屋」(ツェクェクというみせ)で両替をした。
1万円 = 15万1800T。
交換レートがいいときいていたが、そのとおりだった。
ガタガタした舗装道路をすすむ。
相撲会館という円形の建物からきたにおれる。
ホテルまぢか、途中ひとりの少年がさつたばをみせながら
モンゴル語で「かねをくれ」とひたすらついてきた。
場所確認後、みなみにくだり、ナラントール・ザハ
(バザール)にむかった。
ちかくにあるはずのウランバートル大学に、
ガンツェツェクとヨビョンム教授をたずねようとしたのである。
あまりにもひざしがつよくて、
ザハでひろはぱつきの帽子をかった。
あたまのサイズにあうものがなかなかみつからず、
やっとみつけたのは中国製であった。
ザハをひがしにとおりすぎても、大学らしいたてものはない。
そこにあった商社らしいものの警備員に
英語でこえをかけたが、まるでつうじない。
警備員がなかから女性職員をつれてきて、
会話をするのだが、
これがトンチンカンで、
ほとんど意味がつうじなかった。
ひきかえし、おとどおりをきたにいくと韓国文化院があった。
そこでたずねると、すぐそばだという。
辞去してすぐひだりてに「ウランバートル大学」の看板があった。
さっきくだってきたみちで、
バザールにきをとられて
反対がわにきづかなかったのだ。
※まだつづく。
ガンツェツェク・イビョンム教授・チェギホ総長のはなし。