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新羅 国力の伸張と花郎道 本日の韓国語レッスン

新羅 国力の伸張と花郎道 本日の韓国語レッスン

  • 20代 慈悲王(本当は麻立干)(在位458~479)
    高句麗の強大化にともない、百済と同盟関係を結ぶ。要衝として三年山城があった。
  • 21代 炤知王(本当は麻立干)(在位471~500)
    高句麗としきりに衝突がおこり、国力を蓄えねばならなかった。
    (ここには書いてないが、百済の講座のなかで出た「百済に王女を求めてきた」のは彼のときである)
  • 22代 智大路(智証麻立干)(在位500~514)
    炤知王に子がなかったので、64歳で王位についた。このとき国号を「新羅」とした。
  • 23代 法興王 (在位514~540)
    仏教を信じ、律令を整えた。
  • 24代 真興王 (在位540~576)
    名臣たちがあらわれ大きな功績をなしとげた。高句麗の内紛に乗じ、漢江下流域を占領したため、中国との交易が盛んになり、中国文化が流入してきた。
    王は各地に石碑を建てた。仏教が国家の保護のもと盛んになり寺刹が建立され、梵鐘の音が新羅にこだますることになった。
    これに前後し、花郎たちが輩出し、男女の盛んな交流の場が設定された。576年には南毛や俊貞が360人のグループの中心となって、歌い踊った。

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レッスン一覧

  • 2 高句麗
    • 04 始祖東明聖王
      05
      06 黄鳥歌の由来
      07 楽浪姫と良童王子
      08 乙女とイノシシ
      09
      10
      11 仏教の伝来
      12 隋との戦争
      13 安市城主 楊万春
      14 高句麗の最期

  • 1 我が国の起源
    • 1 檀君朝鮮の建国, 箕子東来説
      2 恒因の侵入と衛満朝鮮
      3 武帝による漢四郡設置

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